同期の活躍や結婚に焦ってしまったら。自分の正解をみつけはじめるとき。

風邪気味の休日、火を見たくなって、朝からアロマキャンドルをつける。部屋がなかなか温まらないので、布団の中で白湯を飲みながら考えた。今日一日、どう過ごそうか。

案1、横になってゆっくりしている。
案2、溜まった家事を片付ける。
案3、一時間以上かけて実家に帰る。

決めかねていると、5日間、体調が悪い中、勤務後の研修やミーティングにも出たということを思い出した。「私、頑張ったな」と思うと、自然と実家に帰ろうという気持ちが湧いてきた。自分が安心できる場所で休むというのが、その時の私にとっての正解だと思ったのだ。


昨年くらいから、学生時代の友人・知人が次々に結婚している。先月は、中学校の同級生の結婚式だった。彼女のおなかには子どもがいて、来年産まれるという。

私は今のところ、結婚したいとも、子どもを産みたいとも思っていないのだけれど、帰り道で、かすかな焦りのようなものを感じた。同い年の彼女と私は、同じ速度で人生を歩んでいると思っていたのに、ここにきて女性として一歩も二歩も先んじられた気がしたのだ。

大学生のとき、小さいころから何かと世話を焼いてくれた大好きな伯母に、「女の幸せは結婚して子どもを産むこと」と言われたときはショックだった。

当時からそういったことに興味がなかった私は、あえてその考えを伝えていたわけではない。けれど、親しい人に自分の気持ちを理解してほしいと思っていたのだろう。

伯母の言葉は、衝撃と、それより大きな反発の気持ちとともに心に残っていた。結婚や出産が自分の価値や幸せを決めるのではない、という思いが、祝福される友人を見て、結婚することも子どもを産むこともなかったら、人として一人前になれないのではないか、と一瞬揺らいだことも事実だ。

同じ月、大学時代の後輩と久々に会った。同じサークル、ゼミに所属していた彼女とは卒業式以来の再会だ。

お互いの仕事やプライベートの話が主だったが、彼女は、今の仕事について「このままでいいのかなって思う」と迷いを吐露した。

勤めているベンチャー企業では、いろいろな仕事を任されているらしい。「何でも屋で、専門的にこれをやってきたといえるものがない」と言う。これからは、就職後足が遠のいていた、興味のある活動に取り組んでみたい、と話しているときは、少しだけ表情が明るくなった気がした。

共通の知り合いである彼女の同期の近況について、「やっぱり、みんな優秀ですよ。〇〇はフリーのシステムエンジニアで、××は有名商社で…」と活躍ぶりを羨ましそうに話す姿を見て、大切なのは所属企業や肩書ではなくて、自分が仕事で何をして、何を学び、得たのかではないか、引け目を感じる必要は全然ないのに、と思ったのだけれど、言葉にできなかった。

自分の仕事に自信が持てない気持ち、有名企業勤めや優秀とされる肩書を持つ友人を羨む気持ちは、少し前までの私自身と重なったからだ。

結婚・出産、仕事、さらに、日々をどこで・誰と・どんな風に暮らすのかまで、私たちにはたくさんの選択肢がある。

学校を卒業するまでは、ある程度、正解とされるルートが決まっていて、その流れに乗っていればよかった。偏差値の高い学校に入ること、単位をちゃんと取って卒業すること。けれど、その後はどのルートを行けば正解なのかわからないまま、手探りで歩んでいかなければならない。

自由であると同時に、どこかで自分が誤っていないかと不安にもなる。自分が持っていないものを手に入れ、軽々と次のステップを踏んでいっているように見える人が眩しく映るときもある。

私は、どんな選択をすれば良いのか、誰かが答えを知っているのだと思っていた。スマホで検索すれば、一秒で無数の答えが出てくる。「〇〇は絶対にしてはいけない」「30歳までに必ずしておかなければいけないこと」など。

今は、そんな情報に惑われそうになるとき、私にとっての正解は、私にしかわからないし、むしろ自分で正解を導き出して良いのだ、と思うようにしている。

それは今年1月の、小さな出来事がきっかけだ。私は、転職を考えたことを機に、参加している講座で紹介された、過去を振り返るワークに自主的に取り組んでいた。そのため、同じ講座の受講生全員に出された1月〆切の共通課題に取り掛かれていなかった。期限内にきちんと提出している受講生の課題や、それに対する講師の「感動しました」という反応を見て焦った。

「どうしよう、間に合わない。やらなくちゃ」

けれど、今の自分はワークで手いっぱいで、課題に割いている時間はない。どちらが今の自分に必要なものなのか、どちらを優先させるべきなのか、私自身の答えは、ワークだった。自分が直面している問題(転職)に向き合うために始めたものだから、途中で放り出すわけにもいかないし、適当に終わらせるわけにもいかない。なら、課題はどうするか。

私は、講師に課題を提出できない事情と、期限を延長させてほしい旨を伝えた。自分の勝手な判断で、勝手なお願いをすることが申し訳なかったけれど、これしか手がない、という気持ちだった。講師の返答は、意外なものだった。

「あなたのペースで提出して良いですよ」

この言葉をきっかけに、他人へ委ねていた正解を、自分の中から探すようになった。 誰かにお伺いをたてなくても自分で決めてよいのだと、気持ちがとても楽になったし、焦って答えを探すより、冷静に自分を分析し、どうしたらいいのかを考える習慣がついてきた。

正直、何も考えないで誰かに決めてもらった方が楽だ。自分で自分のことを考えるって難しいし、面倒くさい。わかりやすい答えに飛びつきたくなるときもある。けれどそれでは、いつか自分との食い違いが出てしまう。今の仕事が嫌だから、転職する。自分が何をしたいのかわからないまま、適当に受かったところに入社したけど、何か違う…など。

私の心身がどんな状況で、何を求めているのか、何を必要としているのか、何を感じたのか、それらを事細かに、私以上にわかる人間なんて、いるのだろうか。

私の最大の理解者であり、最良のアドバイザーは私自身で、結局、私の正解は、私にしかわからないのだ。同じように、他人にはその人なりの正解があるから、比べても、ただマネをしても意味がない。

だから、今はできる限り、面倒くさくても、他人の声ではなくて、自分の声に耳を澄ますようにしている。例えば、
・数分でも、スマホもパソコンもテレビもつけない時間をとる
・少しずつ、自分が好きだと思ったもの、感じたことを理由とともにメモして溜めていく
・毎晩、その時頭に浮かんだことをノートにとにかく書き出す
など。

日常の小さなことから、大きなことまで、時に不安や焦りに駆られても、今、私は何を思い、感じているのだろうか――と。そこから導き出された答えこそが、私にとっての正解だ。

あなたは今何を感じ、求めていますか?

fumi
20代。介護職。最近のテーマは、自分に合ったペースで、いかに一日を気持ちよく過ごすか。生活の中に音楽を取り入れたくて、CDプレイヤーを買った。

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