自分では気づかなかった思いこみに気づく
自覚のない疲れ
数年ぶりに鍼灸を受ける機会があった。
今回は身体の状況にあわせて少々刺激が強いものらしい。足の指先の上に丸まっている数ミリほどのもぐさに火がつくと、じゅわっと刺すように痛熱くなる。
何度か繰り返されると、手足が汗ばみ、徐々に身体の中がほぐれてくる感覚が。
あれ?自分の身体の疲れに気がついてなかった?
あまりに眠たくて、帰宅後はぐっすり昼寝してしまった。久々の深い眠りだったのか、目覚め後は心なしか頭と身体が軽い。
ゆるく心地よいつながり
今の土地に来て2年目。生活を始めて驚いたのは、周りのママたちに、折に触れて「手伝うよ」「子ども一緒に見るよ」「よかったらお願いしてもよい?」と積極的に声をかけられること。
例えば幼稚園の送迎バスのバス停がきっかけで仲良くなった友達は、とても頼まれ上手で頼み上手。「今度小学校の懇談会がある」という私の何気ない一言から「お迎え間に合う? 子どもたちずいぶん仲良くなったみたいだし、一緒にお迎えしとくよ」と声をかけてもらったのが始まり。
騒がしくするかもしれないけどどうにか早く迎えに行って学校に連れていくか、それとも地域の見守りサービスに申し込むか、などと思案していた私は、まだ知り合って間もないご近所さんからの思いもかけぬ申し出に驚いた。
それ以来、一緒に時間を過ごすだけではなくて、生活の中でのちょっとした用事の時、習いごとや仕事のときの送り迎えなど、親子ともども頼り頼られ、の心地よい関係が続いている。
実は持っていた緊張感
「よかったらお願いしてもよい?」
の一言は、自分で調整を努力した結果、どうしても困った場合に発しないといけないと思っていた。
今までも子育て仲間は深く語り合える仲間ばかり。お互いさま、との思いはもちろんあった。でも、「お願いできる? 」の一言が毎日仕事に子育てにとあまりに忙しそうな彼女らを苦しめてしまいそうな気がしたし、「引き受けるよ」の一言を発すると同時に自分がつぶれてしまいそうでもあった。だから、自分でなんとかなりそうなちょっとしたことは、できるだけの努力をしてみよう。みんな毎日大変だもの。
でもここでは、周りから手助けの声をよくかけられるし、頼まれる。
そっか、もうちょっと気楽に考えても大丈夫かも。
「自分でなんとかできそうな」の基準が、自分にも相手にも、ぐっと下がって、「できればお願いしてもよい?」「よかったら一緒にいいよ」の一言が恋の告白のようなドキドキしたものから、自然に発することができるものになった。
環境やライフスタイルを変えて、自覚のなかった自分の思いこみに気がついたことで、身体のコリが少しずつほぐされていくように、少しずつ日々の生活が心地よくなっている。
おわりに
自覚のなかった「こうすべき」という思いこみに、ある日気がついたことはありますか? それはどんなときですか?
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夫と2人の息子(小学生と幼稚園)と暮らしています。
大学卒業後、東京で地域や旅の記事を書いたり、小さな会社のサポートに関わったりしたのち、地方都市に住む現在は子育て中心の生活をしながら、自分にとって心地よいシゴトと暮らしを模索中。
新しい土地を訪れて人や土地との関係を紡いだり、わくわくしている人の話を聞くのが大好きです。
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