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2017-08-29

【essay】「暮らすように時間をともにする旅」

koma3

山と川と海のある土地に

例年長くこの土地で夏休みを過ごす知人家族に誘われて、訪れるのは2年ぶり。我が家を含めると幼児から80代までが、自炊しながら、地域のイベントに参加したり、川や海や温泉に入ったりしてにぎやかに数日を過ごした。

「おにーちゃん、おにーちゃん、あぶがここにいるよ!!」

4歳の息子は、滞在する古民家の中にとまるアブを見つけると、口数少ない思春期まっただなかの中学生男子たちに果敢に話しかける。そのまっすぐな声に、彼らも言葉は出さずとも嫌な顔せずにハエたたきを持って寄ってきてくれる。へえー、応えてくれるんだ。

小学生の息子は、海に出れば浅瀬で心地よさそうにいつまでも浮いてなんと贅沢な時間。家に戻れば小学生同士でなにかのごっこ遊びに夢中のようで、延々と話して座布団移動させたり、戦っているそぶりを見せたり、遊び続けている。

私はといえば、いつもは「ママー、ママ!!」と呼ばれ続け、終わりのない家の仕事をいつまでもひきずっているけれど、大人も子供もたくさんいると、なぜか手が空いている。大人も子供もちょっと増えただけで、ずいぶん楽になるものなんだなあ。

自分の子どもたちだけでなく、中学生も観察しては、自分の子どもたちの数年後と重ね合わせたり、いろりばたで人生の先輩方の子育ての時代の話や近況を聞いては、これから先どんな生活が待っているのかと自分の少し先を想像する。

湧いてくる今まで自分にない経験や視点に、濃淡ある木々の緑や稲や大豆の青々した景色やすーっと周りを通る風の心地よさも手伝って、マッサージを受けて少しずつ心がほぐれたときのような感じがした。

人×暮らし×旅

同世代の子どものいる家族が多く住むアパートで育った私。
ご近所とはしょっちゅういろんな家を行き来して遊んでいたし、何度かは別荘を借りて暮らすように旅まで一緒にした。

一人っ子の私。毎日の一人の時間は想像の世界。兄弟がたくさんいる大家族の妄想をしていたくらいだったので、その旅はとても楽しみだった。これが兄弟だったら自分は何番目、どんな役割かな。この林の中の家にずっと住んでいたら? 部屋はどうしよう? 旅の延長線上の暮らしまでを想像して楽しんでいた。親以外の大人、同世代の子ども同士で過ごすのもワクワクする貴重な時間。

だれかと暮らすように訪れる旅、土地や人から見聞き感じたことを持ち帰って暮らしに生かすこと、それが私の何よりも楽しいことのひとつ。原点はここにあるのかもしれない。

あなたがこころほぐれた時間はどんなとき?

前回からの2年の間に、引っ越し、退職や就職、大きな体調の変化などもあった人もいて、みんな会わないうちに状況が大きく変わっていた。あっという間に思える時間だけど、再会できるということは当たり前ではないのだ。またご一緒できますように、と心の中で願って別れた。

この夏、こころほぐれた時間はどんなときでしたか? その原点となる経験はありますか?

 

 

koma
夫と2人の息子(小学生と幼稚園)と暮らしています。
大学卒業後、東京で地域や旅の記事を書いたり、小さな会社のサポートに関わったりしたのち、地方都市に住む現在は子育て中心の生活をしながら、自分にとって心地よいシゴトと暮らしを模索中。
新しい土地を訪れて人や土地との関係を紡いだり、わくわくしている人の話を聞くのが大好きです。
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